地元の伝説では、昔、涌渓に劉金という秀才がいました。彼は涌渓の彎頭山で、片面が黄色くもう片面が白い葉をつける不思議な茶の木を発見しました。しかし手元に適当な茶葉を炒る道具がなかったため、飯炊き用の鍋に入れ、強火で炒って揉み込んだところ、出来上がった茶葉は真珠や雪玉のようであり、深い緑色の光沢を放ち、産毛がはっきりと見え、皿に落とすとカチッと音がしました。急須に投入すると、茶葉はすぐに底へと沈みます。加工の際に強火を使ったことから、劉秀才はこのお茶を「火青」と名付けました。また、底へ沈むのが早いことから「冷水沈」とも呼ばれるようになりました。のちに皇帝へ献上されたことで、火青の名は広く知れ渡ることになりました。涌渓火青は明代に起源を発し、清代に全盛期を迎えました。当時、涌渓の茶農家たちは徽州の炒青の製法を真似つつ、浙江省の平水珠茶の特徴を参考にしながら、独特の外観と優れた品質を持つ涌渓火青を作り上げました。